ディズニー帝国を支えるオリエンタルランド流キャスト教育とは
オリエンタルランドにて教育訓練システムを開発し、好調ディズニーリゾートのキャスト教育の礎を築いた著者が語る「キャスト教育研修の中身」とは。
著者:小松田 勝 (日本経済新聞出版社)
オープン当時、教育担当を務めた著者が明かす、人材育成で、いちばん大切なこと。新人キャストが数日間で「プロ」になる魔法の教育とは?
好調ディズニーリゾートは優秀なキャストによって創られる
東京ディズニーリゾートの好調ぶりはとどまることを知らない。
2013年度の総客数は、開演から30周年の節目でディズニーランドとディズニーシーを合わせて3130万人、売上は4735億円で記録を更新した。2014年は30周年の反動で大きく落ちると見られていたが、好調が続き、3138万人と総客数が前年を超えた。
この高い業績をたたき出している最大の要因は、現場最前線で働く人たちの9割を超える、アルバイトなどの準社員のスタッフが提供する優れたサービスである。
ディズニーリゾートのサービスは、アルバイトとして短期に入れ替わる人が多いにもかかわらず、働く全員が「キャスト」として高い意識を持ち続けているからこそ実現できている。
しかしながら、キャストに応募してきた若者全員が、最初から特別なサービス能力を持ちあわせてはいない。ディズニーランドがこれまで実施し、成功してきた、教育内容を「制度=システム化」していることが、キャストたちを、「サービスのプロ」に成長させている。
この「東京ディズニーリゾートの強み」であるキャスト教育では、一体どのような訓練が行われているのだろうか。
新人キャストはディズニーリゾートに連れ出して考えさせる「オリエンタルランド流教育システム」
ディズニーリゾートのキャストは、採用後の最初の研修で、創業者であるウォルト・ディズニーの生涯を描いた物語「One man’s deream」を教わる。
どんなにリスクや障害があっても努力を怠らず、人生を切り開いていったウォルト・ディズニーの生涯を知ることで、キャストはウォルト・ディズニーの夢と自信の夢とを重ねあわせることができる。その結果、このパークで働くことに「誇り」を感じるようになるという。
次にディズニーランドでは、新人キャストに徹底して「体験」をさせるという教育を施す。
研修途中に、研修生をパークに連れ出し、実際にゲストやキャストの状態を見せ、様々なことに気づかせるという教育方法である。
何か困っていそうなゲストについて、
「今、どんなことに悩んでいると思いますか?」
「あなたなら、あのゲストに、どのような対応をしてあげたらよいと思いますか?」
などと質問して考えさせる。オペレーションに就く前から、高い実践意識を持たせる。
アトラクションもできるだけ多く体験させ、早い段階でゲストの立場からパークを見られるようにしているそうだ。ゲストの立場を実感として想像できるようになれば、パーク内の問題点にも自然に気づけるようになるからである。この経験を通して、新人キャストでもサービスやオペレーションの改善も自ら進んで工夫できるようになるという。
さらに、サービスやオペレーションを日々改善していく意識を持ち続けるために、「マニュアルの意義」に対する考え方をしっかり理解させるようにしている。
もちろん、マニュアルを順守する習慣はとても重要である。しかし、その内容を単に頑なに守らせるだけでは、時代や状況に合わせた進歩がない。時代や状況の変化に合わせ、改訂し続けなければ、情報化によって意識の高まったお客様にすぐに飽きられる。
そこで、マニュアルは、その時点では最高のものであっても、「常に70〜80%のもの」という認識を持ち、キャスト自身が自分で考え、改訂をしていかなければならない。そのため、現場のキャストがゲストと直に接して感じた不自由なことについて、マニュアルの訂正、修正、加筆といった改善依頼をディズニーランド本社に承認してもらえるシステムを構築しているという。
キャストが支えるディズニーリゾートの圧倒的な集客力と収益力
ホンビュー編集部
リピート率が「95%以上を誇る」という東京ディズニーリゾート。もちろん利益を追求し続ける企業である限りは、キャスト教育が売上に貢献しなければならない。
ここでは少し視点を変えて、ここでは東京ディズニーリゾートの運営会社である「オリエンタルランド」の強さを探る。驚異的データに裏付けられた「ディズニーのキャスト教育の強さ」が分かるだろう。
まずは上の図を見て頂こう。東京ディズニーランドがオープンした1983年4月からの来場者数の推移。オープンした年から2014年度までで、来場者数が約3倍に増えていることがわかる。
㈱オリエンタルランド アニュアルレポート2014
次にセグメント情報である。売上高・営業利益の約80%をテーマパーク事業が占めている。
一方注目したいのがホテル事業。2014年度3月期連結売上高は約650億円、営業利益は約160億円。これはなんと、業界最大手である「西武ホールディングス・ホテル・レジャー事業」の営業利益105億円(2014年度)を上回る数字である。
㈱オリエンタルランド アニュアルレポート2014
最後に東京ディズニーリゾートに来場したゲスト1人あたりの売上高である。一人あたりの単価が1万円を超えていることがわかる。
ここで注目すべきは「商品販売収入」。2004年から約1,000円近くグッズ販売売上が伸びている。1年あたりの総来場者数約3000万人中、何割がリピーターが占めるのか集計はできないが、多くの割合でリピーターが来場していると考えられる。そして、”熱烈なファン”であるリピーターからのグッズ収入が売上高を大きく押し上げている。
データを見ても分かるように、「チケット収入」と「商品販売収入」に差がないのは、年間パスポートの所有者が1年間に複数回来場し、頻繁にグッズを購入しているからと推測できる。
ファストパスはアルバイトのキャストが提案した?オリエンタルランド流自立人材を育てる教育「考えさせる」
ディズニー独自のアトラクション優先入場案内システム「ファストパス」も、あるキャストのアイデアで生まれたものである。ご存知の通り、少ない待ち時間でアトラクションに乗れるというシステムだが、東京ディズニーランドのオープン当初から採用されていたわけではない。
これは、キャストがゲストの立場に立って、「遠方から来るゲストが限られた時間の中で、できるだけ多くのアトラクションを楽しんでもらうため」提案したアイデアである。
このようにディズニーリゾートでは、キャストに「教えすぎない」ことで自ら考える習慣付けをさせるような環境づくりをしている。
キャストとって、必要なポイントはわかりやすく丁寧に教えるものの、”重箱の隅をつつく”ような細かなところまで教えるようなことはしない。前述した「マニュアルは70〜80%」にも、この考え方が出ている。
つまり、このような教育スタンスの違いが「一般的な企業」と「伸びていく企業」との、決定的な差になるのではないだろうか。
スタッフに権威的に接し、指示を与えるような企業では、単純に「知識や技術のある人」を評価する。そして、教育や訓練をする時は、知識や技術を詰め込むようにする。その結果、知識や技術を持つ人は、それだけで安心するようになり、それ以上伸長しようとする意識にはならない。知らない、できないことには手を出さないようになるため、「待ち」の姿勢の受動的な環境になりやすい。
一方、スタッフの自主性を大事にする企業は、基本になる考え方や、企業のコアになる理念など、重要なことをまずしっかり伝え、それ以上のことは自由に考えさせる。自分でできるだけ、「考える力」を付けさせるようにする。
東京ディズニリゾートは、ポイントになることは刷り込むように教えるが、それ以上のことは、自ら考えさせるようにするスタンスをとっており、「教えすぎない」ようにしている。言い換えると、「教え過ぎないこと」を既定化することで、キャストに「自分で考えることの大切さ」を意識付けるようにしている。
これはウォルト・ディズニーが残した言葉が基盤となっている。
❝パークは永遠に完成しない。世界に想像力がある限り成長し続けるだろう❞
著者:小松田 勝 (日本経済新聞出版社)