ネクシィーズ近藤社長とソフトバンク孫正義社長のブロードバンドの夜明け
著者:近藤太香巳 (アーク出版)
19歳のとき50万円を元手に会社を起こし、37歳で東証一部に上場するまで会社を成長させた近藤社長が、幾千人もの社長の背中を見て学び、また過呼吸に陥るほどの危機的状況をも乗り越えながら得た貴重なヒントを1冊に凝縮。
ネクシィーズ近藤社長ってどんな人?
近藤 太香巳 1967年11月1日生まれ。
19歳の時、50万円を元手に会社を創業し、34歳でナスダック・ジャパン(現ジャスダック)へ株式上場。
37歳で2004年当時最年少創業社長として東証一部に上場を果たす。プロモーション&マーケティングを駆使したビジネスモデルでグループ10社にまで成長させ、LED照明レンタル事業、電子雑誌出版事業、経営者交流会「パッションリーダーズ」のいずれも日本一の規模を誇り、常に新たな分野へ挑戦し続けている。著者紹介より
創業当時の話がなんとも面白い。
19歳で創業して直後、1人で会社をスタートしたので仲間を増やそうと、なけなしのお金で求人広告を打ったそうです。
すると、10人面接に来て、その10人とも信号機のような髪型をした不良だったんだとか。そして10人の不良を全員採用して、全員をマナー、考え方、客先での立ち振舞など、1から10まで保護者のように育て上げたそうです。
そんな親分肌の近藤社長の魅力的なエピソードを紹介します。
孫正義との出会いとブロードバンドの夜明け
近藤社長とネクシィーズのスケールを大きくさせてくれた人物は、ソフトバンクの孫正義さんなんだそうです。
近藤社長と孫正義さんとの出会いは、ソフトバンクが日本でブロードバンドをスタートさせる「Yahoo!BBプロジェクト」がきっかけ。
当時、日本でブロードバンドを始めることは、当時天下の大企業NTTに正面切って戦いを挑もうとすることでした。そんな状況で、孫正義さんは、近藤社長にYahoo!BBのセールス任せようとお願いしていたのです。
当時、ネクシィーズは、衛星放送用チューナーを月に2、3万台販売していた規模ですが、孫正義さんがブロードバンドの目標販売台数として要求したのは10万台。なんと、10万台はNTT東西全部を足した数字だったそうです。
そしてそのときに孫正義さんが近藤社長に放った一言、
近藤君、男が戦いに挑むんだったら、NTTくらいがちょうどいいんだよ。それ以下に向かっていったら弱い者いじめと言うんだ。
その言葉を聞いて、近藤社長は絶世の美女に告白されたような、骨抜きにされたような感覚になったんだとか。
そして、帰宅後に孫正義さんからこんな内容のメールが届いたそうです。
でも1人では何もできません。
近藤君、僕と一緒に戦ってください。 孫正義
そのメールを呼んだ近藤社長は見事にハートを射抜かれたそう。
その後、ブロードバンドの戦いが始まり、当時400万台中ネクシィーズは137万台の数字を上げ、日本のブロードバンドの夜明けを推し進めた会社になりました。
複雑なモノを分かりやすく売れば世の中が変わる
そんなネクシィーズはどうやって、ブロードバンドを世の中に爆発的に普及させることができたのか。
それは、近藤社長が「日本人の保守性」を理解していたからだそうです。
当時、日本に住んでいる限り、電話回線といえばNTT一本。それ以外に移るなんて気は毛頭ありません。
ブロードバンドがどれほど優れていようが、日本人の保守性を考えれば、そう簡単には移らないことを近藤社長は理解していました。
そこで、孫正義さんに「ブロードバンド2ヶ月間無料で使えるようにしましょう」と提案しそうです。当初、孫正義さんは首を縦に振らなかったそうですが、いざ始めてみた結果はみなさんご存知の通り大成功。
同じように複雑なものを普及させるのはネクシィーズの得意技。
今の日本において、衛星チューナーやETCシステムが普及しているのは、この近藤社長の功績によるところが大きいそうです。
世の中に受け入れられ、広く普及するものには必ず価値がある。その価値をわかりやすい形にして売れる仕組みを作ること。
(67ページ)
紹介した書籍:リーダーは背中で語れ